

当初からアドルフ・ランゲが目指していたのは、常に一定の高い品質と信頼性を備えた時計を製作することでした。 そのために、メートル法を時計作りの世界に導入して、ムーブメントの部品寸法の計算を簡易化したり、旋盤に足踏み式の弾み車を取り付けて、部品製造の精度を向上させたりしています。 同じ目的で1864年に導入されたのが3/4プレートで、ムーブメントの安定性と堅牢性が改善されました。

見習いの時計師たちには、まず時計製造の基本を一通り身につけさせた上で、各自が専門とする分野を持つようにアドルフ・ランゲは指導しました。 各人の才能を生かした作業をさせることによって、懐中時計の品質と精度をさらに向上させようと考えたのです。 彼らの多くは、数年もしないうちに独自の工房を開き、カナや香箱、針などを専門に製造するようになりました。 そうして次第にグラスヒュッテは、ドイツの精密時計製作の中心地として発達し、時計作りによって生計を立てる者の数が増えてゆきます。


