
工房の破壊と国有化
アドルフ・ランゲの曾孫にあたるウォルター・ランゲが生まれたのは1924年7月29日のことで、彼が時計師になるための訓練を開始した直後に、第二次世界大戦が勃発しました。 彼もほかの若者たちと共に徴兵されます。 そして重症を負って戦争から帰還した彼は、両親の経営する工房が空襲によって破壊され、その数年後には国有化されてしまう様子を目の当たりにします。 強制労働のためウラン鉱山に送られることを知った彼は、結局西ドイツに脱出することでその難を逃れます。
ウォルター・ランゲによる工房の復興
後にした故郷のことをウォルター・ランゲが忘れることは一日たりともありませんでした。 そして、1989年の秋に東西ドイツの国境が消滅したとき、すぐさま彼は故郷グラスヒュッテに向かったのです。 そこで生活する人たちにとって、東ドイツ国家崩壊の後、これから一体どうなるのかという不安な時期が続いていました。 だからこそウォルター・ランゲは、人々に将来への希望を与えたいと考えたのです。 そして1990年12月7日に会社をもう一度設立します。それは、彼の曾祖父アドルフ・ランゲが最初の工房を開いた記念すべき日から、ちょうど145年目にあたる日でした。
A.ランゲ&ゾーネ復活第一号コレクション
一握りのスタッフと共に、復活後第一号となる腕時計コレクションの開発が始まりました。 そして、それからわずか四年で発表された最初の腕時計コレクションが、ランゲ1、サクソニア、トゥールビヨン “プール・ル・メリット” 、アーケードの四モデルです。 新モデルは好評を集め、やがてグラスヒュッテにある工房では新しい従業員を採用できるまでになりました。 そうしてグラスヒュッテの町は、着実にふたたびドイツ精密時計製作の中心地へと発展していったのです。A.ランゲ&ゾーネで働く
ドイツ精密時計製作の中心地




