1. 1994年10月24日、復興コレクション第一弾を発表する日の朝、何をお考えになりましたか?前夜はよく眠れましたか?
ええ、よく眠れましたよ。何を考えたかというと、今となっては忘れてしまいました。この発表イベントは実際には2つのイベントで構成されていたということもあって、数日前から非常に興奮して落ち着かなかったですね。1994年10月19日と20日には有名宝飾店の代表者を数人、グラスヒュッテに招いて、コレクション第一弾を見てもらいました。そして1994年10月24日、ドレスデン王宮での記者会見に臨みました。
2. その記者会見についてもう少し詳しくお話を伺います。ドレスデン王宮を会場に選んだ理由は、何だったのでしょう。
ドレスデン王宮は第二次世界大戦で破壊され、当時はまだ修復工事中でした。ここを会場に選んだのは意図的だったのです。なぜかというと、ランゲの伝統に似つかわしい場所でありながら、新しい時代の幕開けを記録として残すのにふさわしい空間でプレゼンテーションをするべきだろうと考えたからです。ドレスデン王宮はヨハン・クリスチャン・フリードリッヒ・グートケスが暮らし、仕事をしたところです。私の曾祖父の師であり義父でもあったグートケスは、この王宮でザクセン王国宮廷時計師として仕え、塔時計の管理を任されていました。本当は、王宮の塔にあったグートケスの住まいでプレゼンテーションしたかったのですが、残念なことにそれはかないませんでした。その塔内の隠宅は1945年2月に全焼したまま、修復されることなく放置されていたからです。それで、王宮の使用できる部分をお借りしたわけです。1階にまだ工事中ではあるものの半分程度、修復できている空間を見つけましてね。窓を取り付けるべき開口部がまだ黒く煤けていたのを、今でも鮮明に思い出すことができます。祝い事にぴったりの環境とは言えませんが、何かこう、先駆的なことをしようとしている私たちにふさわしい場所だと感じました。わざわざ私たちのためにカーペットを敷いてくれました。これで工事現場の埃っぽいコンクリート打ちの床を隠したという訳です。そのドレスデン王宮も今では再びかつての壮麗さを取り戻しています。その姿からは、当時の王宮内部の様子はほとんど想像できません。
3. 当日のプログラムを今でも覚えていらっしゃいますか?どんなことがあって、来賓にはどなたがいらっしゃいましたか?
時計専門家、経済誌の記者、ドイツの新聞記者、地元メディアの代表者など、報道関係者を50人ほど招待しました。ザクセン州首相をはじめとする地元の名士も来てくださいましたね。記者会見が始まったのは午前11時です。コンシェルジュが招待客を会場に招き入れると、俳優が演じるアウグスト強王とコーゼル伯爵夫人が客人を出迎えます。これは、少しザクセンの歴史が感じられるようにしようという演出です。私のパートナーだったギュンター・ブリュームライン、そして私、それに続いてミュンヘンの時計専門商マルティン・フーバーの順でスピーチをしました。フーバーは1970年代中頃からの友人です。彼は当時、戦前に作られたランゲの懐中時計の展示会を開催して、時計業界でブランド「A.ランゲ&ゾーネ」への関心が薄れないようにしてくれていたのです。
壁には発表した4モデル、つまりランゲ1、サクソニア、アーケード、トゥールビヨン"プール・ル・メリット"の大きなイメージパネルがヴェールを被せて立ててあり、私たちが順番にヴェールを剥がしていきます。それに続いてジャーナリストの皆さんに、テーブルに置かれた実機とショーケースに展示されていたムーブメントを見てもらいました。ブリュームラインと私は質問攻めに遭いましたよ。
4. 記者会見の後はどうでしたか?
記者会見の後、会場近くのエルベ河畔にあるイタリアレストランで昼食をとってから、ジャーナリストのみなさんとグラスヒュッテに移動し、工房を見学してもらいました。
5. 長い間A.ランゲ&ゾーネ再生のために尽力されて、ついに迎えたこの日。プログラムが進行する中で、どのようにお感じになりましたか?
もちろん興奮しましたよ。うれしくて、心ここにあらずという感じでした。プレゼンテーション後にランチを食べたレストランに、書類カバンを忘れてきてしまったほどです。幸いにそれに気付いてくださった方が持ってきてくれて、事なきを得ました。
6. イベントが進む中で、何か失敗するのではないかと心配されませんでしたか?あるいは、新しいコレクションが報道陣にあまり評価されないのではないかという不安はありませんでしたか?
当然、あのような時にはあれこれと考え、「ひょっとしたら...」と心配になる瞬間があるものです。私と一緒に尽力してくださった人々も、そうだったと思います。でも、私たちは決してそのような懸念を口にせず、常に楽観的な表情を貫きました。何と言っても、私たちは4年もの間、かなりの資金をつぎ込んで会社を再設立し、復興のために全力を尽くしたのですから。
7. この日、ギュンター・ブリュームラインさんとお話しされたこと、あるいは断片的な瞬間を覚えていらっしゃいますか?
その日のことは、ぼんやりとしか思い出せないんですよ。おそらく興奮していたからでしょうね。でも、その日以前のことはよく覚えています。当時、ギュンター・ブリュームラインと私はランゲ第一社屋にある執務室を共有していました。それぞれが自分のパソコンの前に座って、相談しながらお互いのスピーチの内容を調整しました。
8. イベントの雰囲気がどんな感じだったか、お聞かせください。報道陣は、何を期待していたのでしょうか。ランゲさんはどのように準備されていましたか?
何か月もかけてグラスヒュッテで新コレクションを製作する間、私たちは報道機関にも専門店にも、事前情報を一切流しませんでした。唯一発信した事前情報は、高級時計市場の中でも最高価格帯のセグメントを目指しているということだけです。もちろん、情報が断片的に報道機関に漏れてしまったこともあります。そうすると、ランゲが再びグラスヒュッテで最高級時計を作ろうとしているんじゃないかと憶測するのには、十分なきっかけになりますよね。そんなわけで、私たちよりもジャーナリストの間での期待感がどんどん膨らんでいったようです。メディアの反響はすごかったですね。最終的には時計のコレクションだけではなく、 当社の復興を例に、ザクセン州とその経済がかつての主力産業を復興させようとしていることをアピールできればいいと思っていましたから。19世紀初めから20世紀にかけてザクセンの経済がドイツ経済を牽引していましたが、その原動力となっていたのはまさに中小企業だったのです。私は自分のスピーチにこの点を織り込みました。また、ランゲは再び世界最高の時計を作ろうとしているだけでなく、グラスヒュッテの経済振興に最大の貢献をしたことにも言及しました。さらに、それができたのは当社の従業員たちの職人としての技能と熱意があればこそです。特に伝えたかったのはこの点です。
9. 招待客の反応を今でも覚えていらっしゃいますか?その反応をどのように受け止められましたか?
4本の時計がベールを脱いだ瞬間、臨席したジャーナリストや来賓の皆さんの間に拍手喝采がわき起こり、センセーションさながらでした。一般の方からの反響も大きかったですね。これほどの反響があろうとは、夢にも思ってみませんでした。国際専門誌はA.ランゲ&ゾーネの復興コレクション第一弾について、特に「ザクセン生まれの型破りな時計」としてランゲ1を重点的に紹介していくれました。
10. 時計専門小売店の方々は数日前に新コレクションをご覧になりましたが、その反応はいかがでしたか?
申し上げましたように、この発表イベントは複数のイベントで構成されていました。10月19日と20日にはドイツ、オーストリア、スイスの有名宝飾店12社の代表者の方にグラスヒュッテにお越しいただきました。当社の事業コンセプトを説明し、工房を見学してもらいました。当然、それまでに完成させた実機も見てもらいました。
それまでのおよそ4年間、私たちは一心不乱に働いてきました。生産体制を構築し、建物を修復し、技術開発を行い、新たに専門職を雇い入れて能力の伸ばすための研修を実施しました。4本の新しいモデルの開発と製作は、時間との闘いでした。これらの時計の規範となったのは、ランゲの偉大な伝統である最高精度と最高品質です。
そうして製作した時計が今、プレゼンテーションテーブルに載せられ、招待した専門家の厳しい目に晒されるのです。まず、ランゲ1を披露しました。これはある意味で匠の作と言える時計です。品質と機械的要素については、ランゲ1は間違いなくA.ランゲ&ゾーネの時計の基準が高水準であることを証明してくれるモデルです。素材にゴールドやプラチナを採用し、オフセンターの時表示、スモールセコンド、パワーリザーブ表示、そしてアウトサイズデイトを備えた前代未聞の紳士用腕時計です。今でこそあちこちでアウトサイズデイト表示を搭載した時計を見かけますが、当時は世界中さがしてもこのランゲ1以外にはありませんでした。
11. ランゲ1以外のモデルについてもお話していただけますか?
2番目に披露したモデル「アーケード」はレディースモデルで、ランゲ1と同じくアウトサイズデイトを備えていました。3つ目の「サクソニア」は時/分表示、スモールセコンドとアウトサイズデイトを搭載したシンプルな中型のゴールド製時計です。このモデルには意図的に「ザクセン州」を意味する「サクソニア」という誇り高い名前を付けました。昔からA.ランゲ&ゾーネの時計はどれも、ダイヤルに「i/SA」というおなじみの略号が入っていますが、この略号は「in Sachsen」、つまり「ザクセン産」の製品であることを示すものです。そして最後に披露したのがコレクション第一弾の最高峰、マスターピース「トゥールビヨン "プール・ル・メリット"」です。このモデルは、チェーンフュジー機構を備えた初めての腕時計です。
12. 反応はいかがでしたか?このイベントを終えて、ブランドの復興を果たしたという手応えをお感じになりましたか?
私たちの時計が素晴らしいものだという確信は持っていました。何と言っても、スキルの高い専門職や職人たちが情熱をもって、献身的に時計作りに打ち込んでくれたのですから。そうは言っても、新生A.ランゲ&ゾーネの時計に対する時計の専門家と言われる人たちの反応を見たとき、文字どおり大きな大きな肩の荷が降りてほっとしました。こんなことはもう二度と経験できないということだけは、確かですね。正規代理店というのは通常ディーラーと同じように、競争相手に手の内を見せないように自分は表に出ずにオーダーします。ところが、あの時点にA.ランゲ&ゾーネが出荷できるのは「たったの」123本だということで、皆さんが日頃の用心深さを忘れて我も我もと押し寄せてきましたからね。皆さんのランゲ1、アーケード、サクソニア、そしてトゥールビヨン "プール・ル・メリット"への評価はまさに熱狂的と言えるほどで、通常の習慣に反して実にオープンにオーダーしてくださいました。それも、手に入るだけの本数をオーダーするという具合で、こちらとしては手元にあるだけすべてお分けしますという状態でした。そんな状況ですから、公平を期さねばなりません。123という数字はどう工夫しても12で割り切れないので、12で割った余りの3本の行方をくじ引きできめることなりました。こうして、短い方のマッチ棒を引いた方が念願のトゥールビヨンを獲得しました。
13. つまり、完売したということですか?
ええ。その日までに製作した時計はすべて、一気に販売店の手に渡っていきました。こういう展開になるとは予想していませんでした。これ以上うまく運びようがないほどです。招待した宝飾店の皆さんの評価が、10月24日の記者会見でコレクションを発表する際の自信につながったことは言うまでもありません。
14. その2回のイベントの後、何をなさいましたか?お祝いされましたか?
ゆっくり祝うほどの時間はありませんでしたね。私たちはイベントが終わるとすぐに、また仕事に取りかかりました。