次世代
さまざまなコンクール・デレガンスを協賛するA.ランゲ&ゾーネは、クラシックカーにも機械式時計にも精通した、影響力とカリスマ性を持つ人々との繋がりを大切にしています。ランゲCEOヴィルヘルム・シュミットは、理想を追い求めるコレクターとの出会いから着想を得ることも多く、協賛を意義深いものとして考えています。とりわけ、文化財を維持してゆくための活動が次世代にも歓迎されていることに喜びを感じています。ドゥーチョ・ロプレスト氏とカティー・フォレストさんは、家族のコレクションに新しい風を吹き込みながら継承している次世代の好例です。
ドゥーチョ・ロプレスト氏は2017年、父親のコラード氏とともにアルファ・ロメオ・ジュリエッタ・スプリント・スペシャル・プロトティーポでコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステに参加し、「ベスト・オブ・ショー」アワードの栄冠に輝き、A.ランゲ&ゾーネのランゲ1・タイムゾーン“コモ・エディション”を贈呈されました。コラード・ロプレスト氏は、イタリア製オールドタイマーの主要コレクションに数えられるコレクションを築き上げ、数々の賞を獲得しています。そのコレクションを、息子のドゥーチョ氏が受け継ぐ時が来たのです。
ミラノで建築家として事業を営むコラード・ロプレスト氏は、あまり知られていない、忘れ去れてしまった貴重な品々を探し出し、そこに秘められた物語を再構成することに無我夢中になる人物です。息子は、その情熱を受け継いだのです。ドゥーチョ氏は随分早くからコンクール・デレガンスに参加する父親に同行しており、その世界にすっかりなじんでいます。彼は、コレクションの車両を博物館の展示品にするのではなく、公道を走る本来のクルマにしようと決めました。「こんなに美しいクルマが道路を走っているところを見せないなんて、もったいない」というのが理由です。
それだけでなく、新しい宝物を探し出して修復し、自分のやり方で父親のミッションを引き継いでいこうとしています。彼の目標は、芸術の世界と自動車の世界を隔てている壁を克服し、超一流のオールドタイマーといえども公道に送り出すことです。ドゥーチョ氏はミラノ・デザインウィーク2018の会期中、目標達成への第一歩として、走る展示会を企画しました。これから、第二歩、三歩と歩を進めてゆきます。
カティー・フォレストさんにとって「ネリー」がすべての中心です。「ネリー」というのは、彼女が所有する1912年製の素晴らしいロールスロイス・シルバーゴーストの名前です。このクルマには、2017年のハンプトンコート宮殿コンクール・オブ・エレガンスでクラブトロフィーが授与されました。このシルバーゴーストに「ネリー」という名前が付けられたのは、インドと関係があります。カティーは、「このクルマが我が家の一員になったとき、大きくてグレーの車体を見て、イギリスで有名な童謡に出てくる像のネリーを思い出したのです」と名前の由来を語ります。最初、英国空軍の保有車両となったこの車両は「タジマハール」と名付けられたうえに、戦艦と同じグレーに塗装されてしまいました。軍役を終えたシルバーゴーストはインド・ナーバーのマハラジャに長年仕えた後、1990年代初めにアルペンラリーに参加するのに適したシルバーゴーストを探していたカティーの父親に見いだされ、イギリスへ戻ってきます。それ以来、ネリーは12万キロメートルの道のりを走ってきました。
カティーも、この立派な走行距離を達成するのに少なからず貢献しています。数年来、カティーはこの堂々とした自動車を運転していますが、このクルマは最新型の自動車とは根本的に異なります。ネリーにはパワーステアリングもシンクロメッシュもありません。その代わりに、二つのブレーキ回路を備えています。「この自動車を操縦するには、自動車のメカニズムを理解する必要があります」とカティーは言います。彼女は、古い自動車を走り続けさせることが自分の使命だと考えています。それと同時に、彼女が次世代に送るメッセージでもあるのです。
1. 10歳の頃からクラシックカーが好きだったそうですね。クラシックカーの何がそんなに魅力的なのでしょうか。現代の自動車とどこが違うと思いますか。
私は、子供の頃からオールドタイマーが大好きでした。私はイタリア人で、建築家の息子です。父はデザインを愛し、ありとあらゆる形で表現される美を評価し、イタリア製の一風変わった特別なプロトタイプを収集していたのですが、それに強く影響されました。オールドタイマーというのは、現代の自動車製造で重視される事柄、例えば安全性や利益を度外視してデザインされた、時代を超越して愛されるオブジェクトです。旧型の自動車、なかでもコンセプトカーやボディをカスタマイズして作った自動車には、ある魅力とまねのできない優美さがあり、まさに走る芸術品と言えます。一番惹きつけられるのは、デザイン要素です。昔のデザイナーたちには、現代のデザイナーにはない自由がありました。1950年代に製造されたアルファ ロメオB.A.T.、あるいは1930年代のランチア・アストゥーラ・ピニンファリーナを思い浮かべてみてください。これらは、いわばホイール上のダイアモンドですよ。現代の自動車とはまったく違います。今日のメーカーは、おびただしい数の規制と安全規則を守らねばならないだけでなく、予算、さらにはマーケティング部門や財務部門からの要件を満たさなければなりません。もちろん今でも、美しい自動車はあります。例えば、アストンマーティンやランドローバーの新しいデザインは好きですね。そうは言っても、これらの自動車をオールドタイマーと比較することはできません。ブランドが違っても、デザインが酷似している自動車がよくありますよね。オールドタイマーがコレクションピースであるのに対し、現代の自動車はステータスシンボルか、高速で走ることを楽しむためのものと言えるでしょう。
2. コレクションの動機として一番大きなものは何でしょう
かなりのお金をかけてオールドタイマーを収集するのには、いろいろな理由があります。私個人の経験から言うと、コレクターがオールドタイマーを購入するのはひとえに美しさ、機構、そして運転を楽しむことへの情熱があるからです。ノスタルジーも理由の一つですね。スターリング・モスをはじめとするドライバーたちが伝説のF1レースやル・マン24時間レースで活躍した時代に思いを馳せるのです。オールドタイマーを購入するのは、コレクターにとってオールドタイマーは追憶の扉のようなものだからです。つまり、その自動車に記憶が風化することなく温存されているというわけです。もう一つの大きな理由は、そのクルマを運転するということでしょうね。オールドタイマーを運転する喜びは、現代の自動車を運転したときのそれとは比べものになりません。今のクルマは、ほぼ半導体やコンピューターを含む電装品だけでできていますから。私と父がオールドタイマーを収集する理由は、美を追究することです。つまり、かつてイタリアのデザイナーが創造した最も美しく非凡なオブジェを所有したいという気持ちです。
投機目的で購入するコレクターも多いですが、それは私の価値観とは異なります。オールドタイマーを投資対象として見ると、その歴史的、文化的に見た社会との関連性が損なわれてしまうと思うのです。
3. 価値観というお話がありましたが、(腕にはめている)ランゲ1・タイムゾーンもそのような考え方にあてはまりますか。機械式時計と一点物のクラシックカーという組み合わせは、ご自分のどんな面を表現していると思いますか。
このランゲ1・タイムゾーンは、二つと無いアートピースですね。技術においても仕上げにおいても、今日の時計で得ることのできる最高品質であることが分かります。デザインも、お金に換算できないほど美しい。このランゲ1・タイムゾーンは他のどの時計ともまったく違うので、とても気に入っています。この世に2台と存在しないオーダーメイドのオールドタイマーに匹敵する時計ですね。そのような作品は、投機目的で買うのではなく、自分を特別な存在だと感じるために何か時別なものを所有したいから購入するものです。だから、この時計はこの観点にぴったりです。時計と自動車には、美しさ、技術、仕上げなど、たくさんの共通点があります。そしてこの時計が、父と私のコレクションにあるオールドタイマーに通じるものであることは間違いありません。
4. 車に戻りますが、きっかけについて教えてください。もちろん、情熱は遺伝的に受け継いだということもあると思いますが、初めて夢中になったクルマ、あるいは出来事を教えてください。
この世界に入ったのは幼い頃です。父と一緒にヴィラ・デステ、ペブルビーチ、グッドウッドをはじめとする世界各地のありとあらゆるイベントに行っていました。それだけでなく、自動車のレストア工場にも父に連れて行ってもらっていましたね。レストア工場では、整備士が素晴らしい自動車の手入れをしている様子を身近に見ることができました。行く度に、自動車についての知識が増えていきました。そのクルマの歴史、デザイナー、製造当時にどのような位置づけにあったか、修復によって元の美しさを再現または維持することの意義などを学びました。それらすべてのことが、子供だった私をとりこにしたのです。私の自動車好きは幼少の頃からで、5歳のときには、フェラーリF1レーシングエンジニアのスーツをパジャマにしていました。昔はどのF1レースも見逃さず、6歳のときに父とモンツァ・サーキットへ行きました。初めて心酔したのは、ヴィラ・デステですね。2001年にはこのコンコルソ・デレガンツァにアルファ ロメオ2500カブリオレ・トゥーリングを出展し、「コッパ・ドロ・ベスト・オブ・ショー」アワードを受賞しました。初めてのことだったので、受賞が発表されたときの家族みんなの喜びようといったら…。忘れ得ぬ思い出です。
5. デザインが大切ということですが、機械面にも興味はありましたか。
機構は確かに重要な観点でもありますが、その重要性が過小評価されていることが少なくありませんよね。子供の頃からずっと自動車技術に興味を持っていて、16歳の夏に整備士としてミラノのある整備工場でアルバイトをしました。1日中、技術によって創りあげられた美しい造形物をいじることができたのですから、それはもう楽しい日々でした。私は1931年製のアルファ ロメオ6C 1750のエンジンの作業をしていました。このクルマをヴィラ・デステに出展しまして、その数年後にこの場所でベスト・オブ・ショーの栄冠に輝いたのです。整備工場での仕事を通じて、エンジンがどのように機能するのか、どのような造りになっているのかを学ぶことができました。この経験が、私にとって本当の意味で転換点となりました。それまでは、このような名車のエンジンフードの下がどうなっているのか、あまり知りませんでしたからね。エンジンを解体して全体をレストアする機会を得られたことで、その方面への情熱がさらに強くなったことは間違いありません。
6. ロプレスト・コレクションに目を向けてみましょう。イタリア製のレアな傑作が勢ぞろいしていますよね。イタリアンデザインの特徴は何だと思いますか。コレクションに加えたいという車の基準は、何ですか。
イタリアンデザインは確かにユニークですね。それは、自動車の世界に限らず、ありとあらゆる創造物に通じることだと思います。先見の明のあるデザイナーの一人ひとりが既成のものをガラリと変えようとし、それぞれの創造物に何か画期的と言われるような新しいものを付け加えてきたことは、特筆に値するでしょうね。デザイナーたちは、美しい自動車を創るだけではなく、時代を超越するデザインオブジェを創作しようとしたのです。マルチェロ・ガンディーニが1970年にデザインしたランチア・ストラトス・ゼロというコンセプトカーを見てください。あのクルマは、当時のデザイン界にとってショックというか驚愕でした。現代のデザイン界にも、インパクトを与えています。私たちが所有しているアルファ ロメオ・ジュリエッタSSプロトタイプは、フランコ・スカリオーネが1957年にデザインしたものですが、現在どころか将来にも通じるデザインだと思います。イタリアのデザイナーたちは常に、あっと言わせようとするし、既存のトレンドに乗ることはせず、自分で新しいトレンドを創ろうとするんですよ。彼らにとっては、造形美がすべてなのです。芸術家なんですね。だから、私たちはイタリア人がデザインした自動車を収集するのです。これらの名車は、時代と世代が変わっていく中でどのようにデザインが変化したかを示す事例であると同時に、その変化にもかかわらず今でもインパクトを保ち、世間の耳目を集めることができるという好例でもあります。コレクションに加える自動車を選ぶにあたって、これという基準はありません。ただ、イタリア製という点は譲れません。イタリア人がデザインした一点物、プロトタイプ、あるいは限定モデルに絞って収集しています。それから、その自動車が歴史的にも面白いものであることが必要です。
7. コレクターの最大の懸念は、伝統を受け継ぐ人がいるかどうかという点だと思います。偉大なロプレスト・コレクションは後継者を見つけたわけですが、伝統を受け継いだ今、どんなことを計画していますか。後継者としての責任とはどのようなものでしょう。
私たちは、コレクションを一族の中で代々受け継いでいきたいと考えています。ありがたいことに、父のおかげで家族は強い絆で結ばれています。その絆の強さは、オールドタイマーへの情熱を共有しているおかげでもありますが。私たちが、コレクションに収蔵しているクルマを1台たりとも手放すことはありません。また、展示会を企画して、世界の由緒ある名車を紹介していきたいと考えています。これらのクルマは世界文化財ですから、博物館に展示したり、イベントやラリーで披露したりすることが必要です。父はずっとそうしてきましたし、私もこれからそのようにしてゆく予定です。もちろん、このようなコレクションを相続することに大きな責任を感じています。父がしてきたのと同じように期待とクォリティ基準を満たしていくことは簡単ではありません。「ロプレスト」という名前を知っている世界中の人々から、感動とインパクトを与え続けることを期待されているわけです。私は最良の師に恵まれたのですから、きっと目標を達成できると確信しています。
8. お父様のコラード・ロプレスト氏は、コレクションの金銭的価値が急騰したにも関わらず、40年以上にわたって1台も売りに出したことがないとおっしゃっていました。これについては、どのように考えていますか。
私も父と同じ考えです。私たちはお金儲けのためにコレクションを築いたのではありません。イタリア製自動車およびデザインオブジェに関しては世界一と呼ばれるコレクションを築くのが目標です。コレクションの自動車を売るなんて、その正反対の行為でしょう。私たちのアプローチは、文化的なものです。父はしょっちゅう、ニック・メイソンの「GTOを買って生涯手放さなかった男として記憶に残りたい」という言葉を引用するのですが、私たちも同じように考えているのです。つまり、私たちは40年以上もオールドタイマーを1台も売らなかった、イタリアの大馬鹿者だというわけです。確かに、コレクションを維持するにはかなりのお金がかかります。しかし、だからこそ私は本業以外にもたくさん働いて、コレクションを長期にわたって維持していくための貴重な経験を積んでいるのです。博物館とのコラボレーションでも、オールドタイマーの展示費用を節約したり、多くの人々にこれらのクルマを見てもらうためのノウハウを学んでいます。
9. 2019年は、コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステが90周年を迎えます。新しい世代にも受け入れられるためには、こういったイベントがどのように変化していくべきだと思いますか。
ヴィラ・デステは、若い世代の人々の間でオールドタイマーへの情熱を醸成するために、いい仕事をしていますよね。クラスを常に変えることによって、例えばさまざまな自動車を展示していますが、こうしてこの種のイベントの経験が浅い若い人々にも飽きのこないイベントにしている。若い世代を審査員に加えるのも人々の関心を引き、オールドタイマーに触れる場を提供することに繋がっています。若い人たちはオールドタイマーに関心がないというのは、当てはまりません。世界最大手のオールドタイマー保険会社によると、2018年はソーシャルメディアやイベントでミレニアル世代とオールドタイマーの交流が最も盛んだった年だそうです。ソーシャルメディアといえば、これはもう一つの重要な点です。写真でも、ムービーでも、おもしろ味のあるコンテンツでもいい。とにかくソーシャルメディアでは存在感を示し、スマートフォンを長時間使用する若い人々に印象づけることが肝心です。もっと若い世代の人々を巻き込むには、ヴィラ・デステのような主催者が、語りかけている相手は誰かを理解し、自ら発展し続け、「新しい」大衆に合わせつつ、イベントの特徴を作り出している本来の心構えを持ち続けることが肝要です。それは簡単ではありませんが、今後このようなイベントにもっと多くの若い人々が来てくれるようにする自信があります。
生活のアナログな側面
ヴィルヘルム・シュミットは情熱を注ぎ込むものを二つ持っています。一つは手作業で作り上げられた時計、もう一つはクラシックなロードスターです。かつて自動車メーカーの要職にあったシュミットは、2011年にA.ランゲ&ゾーネのCEOに就任しました。自動車を運転するのが大好きなのは、自動車ディーラーを経営していた父親譲りです。シュミットが17歳のときに初めて買った車はオールドタイマーでした。機械式時計の魅力と出逢ったのも、その頃です。
デジタル化が進む世の中だからこそ、ヴィルヘルム・シュミットは物事のアナログな側面の大切さを学んでいます。「オールドタイマーを運転したり、機械式時計を身に付けたりしていると、世界と繋がっていると感じるのです」と切り出したシュミットは、さらに言葉を続けます。「自動車をいじっていると、そのクルマを設計した技師たちを身近に感じることができ、彼らが考案したディテールに感嘆することが何度もあります。機械式時計が時を刻む音を聞いても、同じように感じます。その音は、私にとっては生命の鼓動のようなものです」。
シュミットはA.ランゲ&ゾーネのCEOに就任して間もなく、コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステに協賛することを決定します。伝統豊かなマニュファクチュールが名高いコンクール・デレガンスに協力することは、自然の成り行きのように考えられたのです。「最高レベルの工芸美、革新技術、時代を超越する美しさ ― それが、これらのコンクールとA.ランゲ&ゾーネに共通する重要な価値観です。技術とエレガンスへの感動が、今日の高級機械式時計のコレクターや愛好家をオールドタイマー愛好家と結びつけているのです」と語るシュミットは、その情熱が次の世代に受け継がれていることを殊のほか喜んでいます。