チェーンフュジーは、機械式時計の精度を向上させるための最も魅力的かつ効果的な複雑機構のひとつです。
チェーンフュジー(鎖引き)による動力伝達
物理の法則を利用
ゼンマイの動力が、完全に巻き上げた直後には強く、パワーリザーブの終了が近づくと大幅に低下するというのも、物理現象のひとつです。これが原因となって歩度のばらつきが生じる可能性があります。チェーンフュジーは、無段式変速機構のように機能します。ゼンマイの力の低下を補正して、ムーブメントに常に一定の動力を供給するのが役割です。そのおかげで、時計の精度が維持されます。
目に見える力の伝達
4分の3プレートにあけられたいくつもの大きな窓のおかげで、たくさんの部品が絡み合って作動する様子を、サファイアクリスタルのシースルーバックを通して見ることができます。ゼンマイが完全に巻き上げられた状態では、チェーンは完全にフュジー側に巻かれています。時計の時刻が進むにつれて香箱全体が回転し、チェーンをフュジーから巻き取ってゆきます。それに伴ってフュジーが回転し、そのトルクが動力伝達用歯車を通じて輪列に伝わるのです。
テコの原理による力の補正
チェーンフュジーは、テコの原理を利用しています。フュジーの形状は円錐形で、その側面にらせん状の溝がめぐらされています。力が最大の時には、香箱が円錐の頂点部分を引っ張りますが、これはテコの支点からの距離が短い方にあたります。ゼンマイの力が弱くなるのに合わせて、チェーンは次第に円錐の底部に向かって下がってゆき、その半径が大きくなることでテコの支点からの距離が長くなってゆくのです。
後進ギアつきの動力伝達機構
ゼンマイの巻き上げ中も時計が支障なく動き続けるように、フュジーには超小型の段階式遊星歯車機構が内蔵されています。この機構によって、ゼンマイを巻き上げることによりフュジーが逆方向に回転しても、動力の伝達が中断することはありません。
中道こそ理想
ゼンマイが最大限に巻き上げられている状態と、完全に解けてしまっている状態では、チェーンフュジー機構もその能力の限界に達します。このような状態では、ゼンマイの動力が不意に大きく低下するなど、まったく予測のつかない挙動を見せるからです。そのため最高の精度を保証するには、供給されるエネルギーが均一かつ規則的に減少していくその中間のみに、パワーリザーブの持続期間を限定する必要があります。
全巻防止機構
突如として動力が失われる恐れのある完全巻き上げ状態を回避するために、巻き上げ停止メカニズムが備えられています。このメカニズムは、ゼンマイをぎりぎりまで巻き上げてしまうことを防止するものです。チェーンについているリベット(1)が、一連のレバー(2)を動かして、その最後についている停止用の爪(3)が角穴車(4)と噛み合います。角穴車に固定されているフュジー(5)も動かなくなります。
全開放防止機構
第二のメカニズムが、突如として動力が失われる恐れのあるもうひとつの状態に陥ることを防ぎます。ゼンマイが完全に解けてしまう前に、予め時計を停止する機構です。その出発点となるのはパワーリザーブ車(6)です。36時間のパワーリザーブ持続期間中にパワーリザーブ車は約300度回転します。それだけ回転した時点で、レバーの一端(7)がパワーリザーブ車の凹みにはまります。それと同時にレバーのもう一方の端(8)が、押さえ爪(9)の通過するエリアに入ります。この爪は秒針車に連結されているので、1分間にちょうど1回転するようになっています。したがって60秒以内に爪がレバーにぶつかって、ムーブメント全体の動きを止めるのです。